日本の歴史から学ぶ、日本人の精神性

「英国病」は自虐史観教育が生み出した!日本のそれと同じなのか?

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加納聖士です。

かつて「英国病」という言葉がメディアを賑やかしたことがあります。
1960年代以降の英国が陥った経済の低迷を評した造語です。

その後、英国はサッチャー政権の大胆な改革などにより低迷から抜け出しました。

80年代後半のバブルが崩壊した日本経済についても、90年代の「失われた10年」、あるいは、バブル崩壊後から今日にいたる「失われた20年」と言われて久しいです。

英国が英国病を治すのに20年かかりましたが、日本は20年を失って、ますます深みにはまっているように見えます。

サッチャー氏が「英国病」を克服した原動力には、「経済改革」に加え、「教育改革」を断行したことがよく知られています。

そこで今回は、あえて「教育改革」にフォーカスしてイギリスはいかにして「英国病」を克服していったのかを書いていきます。

ヨーロッパの病人、英国病とは

英国病とは、経済が停滞していた1960年代以降のイギリスにおいて、充実した社会保障制度や基幹産業の国有化等の政策によって社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下、既得権益の発生等の経済・社会的な問題が発生した現象を例えた用語です。

1960〜1970年代のイギリスは、労使紛争の多さと経済成長不振のため、他のヨーロッパ諸国から「ヨーロッパの病人」と呼ばれるほどでした。

1980年代初期、日本のマスコミで言われたのは「イギリスみたいになったら、おしまいだ」ということです。

その頃のイギリスは、慢性的な経済の停滞に加えて、労働者が怠け者で、ちっとも働かないという評判でした。

これは「ゆりかごから墓場まで」というスローガン通り、ゆきとどいた社会保障によることと基幹産業の国有化によって競争原理が働かなくなり国民が働かなくなったのです。

そのような状況を、世界は「英国病」と呼び、せせら笑ったのです。

Winter of Disconten

特に1978年から1979年にかけての冬は「Winter of Discontent」と呼ばれる、げんなりするような冬で、頻発するストライキで暖房の石炭にすら不自由する状況でした。

ストライキはゴミ回収業にも及び、ロンドンの町のいたるところでゴミ袋がうず高く積み上がりました。

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さらに墓掘り人夫もストライキに加わり、死体が6週間も埋葬されないまま悪臭を放つというような状態です。

墓掘り人夫が墓地のゲートに施錠して葬儀の参列者が墓に行けなくなり、墓掘り人夫と葬式の参列者が小競り合いになる事態も発生しました。

それでも労働組合に守られたイギリスの労働者は昼間からティータイムをして、あくまでも自分たちの権利を譲ろうとはしなかったのです。

英国の失業率は「Winter of Discontent」を契機に恐ろしいスピードで上昇していくのです。

英国病

「英国病」は自虐史観教育が生み出した

イギリスでは第2次世界大戦後半から自虐的偏向教育が行われるようになりました。

この背景はチャーチル率いる保守党が戦争遂行の緊急課題に集中するなか、教育改変が連立政権内の労働党(左派政党)主導で行われたことがキッカケです。

1944年に教育法が改変されました。

彼らの左翼革命を起こすことが目的でしたので「教育法の三本柱」には、

(1)  児童の権利を尊重すること。つまり人権主体の教育をすること
(2)  歴史教育は、イギリスという国家の歩みを「冷徹」に教えること
(3)  すべての教育は、現場教師の自主性にゆだねること

の3つが掲げられました。

このような教育方針の結果、第2次世界大戦後のイギリスの歴史教育は、必然的に自虐史になりました。

自分たちの祖先は世界中に植民地を作り、イギリスはそこからの摂取によって繁栄してきた暴虐国家であったこと。
人種差別が強く、黒人奴隷の売買によって経済が支えられてきたこと。
あるいはビクトリア女王がアジア・アフリカに摂取を指示して、人権無視と階級社会を作りあげてきたこと、等を子供たちに教えたのです。

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このような教育方針の結果、少年犯罪の増加、子供たちの学力低下、また国民全体の道徳観、倫理観の衰退が目立つようになりました。

そして70年代に入りますと殺人事件も増加していくようになり、彼ら自身もこのような現象を『英国病』と自嘲的に呼ぶようになったのです。

日本の「日教組」の方針と酷似している

「イギリスの帝国主義批判」を「日本軍国主義」に置き換えれば、日本の「日教組」の方針と酷似していることがわかると思います。

イギリスの日教組とも言える「教師労働者連盟」は、自国の歴史や伝統を否定する教育を推し進めましたが、これは労働党が政権を取るための選挙戦略でした。

1960年代以降、インドなどの旧植民地諸国が相継いで独立したとき、イギリス側に加担していた人々が移民として流入しました。

彼らは学校でも英語が話せず、キリスト教以外の宗教を信ずる生徒が急増しました。

労働党は、これらの移民を支持基盤に取り込もうとして、組合教師が大英帝国を「侵略国家」として教え、インドなどの植民地支配における残忍性をイラストで解説したのです。

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そして自国の宗教であるキリスト教を「人種差別を正当化する宗教」として非難しました。

「英国病」を克服したサッチャーとは

英国病はとても深刻なものだったため、数十年では治療できないと言われてきましたが、わずか数年間で劇的に変える人物が現れました。

この人こそ、『鉄の女』 マーガレット・サッチャーです。

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民営化や規制緩和等による新自由主義的な経済改革によって、国家衰退をもたらしていた「英国病」を救ったのは間違いなくサッチャー元首相の功績です。

サッチャー氏が「英国病」を克服した原動力には、「経済改革」に加え、「教育改革」を断行したことがよく知られています。

安倍首相も「誇りを回復させたサッチャーの教育改革」として「サッチャー首相は、イギリス人の精神、とりわけ若者の精神を鍛え直すという、ビックリするような意識改革をおこなっているのである。それは壮大な教育改革であった」と絶賛しています。(安倍晋三著『美しい国へ』文春新書)

サッチャー氏は英国病治療のため、1988年、多くの国民の反対を押しきって教育改革法制定を断行しました。

当然イギリスにも強力な反対組織がありましたが、彼女は命を狙われながらも強い意思で断行しました。

なぜなら子供たちは将来の英国を支える公民であり、政治家はそれを正しく育てる責任と義務があると考えたからです。

教育は国家100年の大計であり、子供たちが学ぶべき内容を現場教師の自主性にゆだねることは出来ない。
子どもたちはわが国の宝である。

そのため教育カリキュラムは国が方針を定め、常に一貫性のあるものにしなくてはならないと考え、新しい教育基本法を打ち出したのです。

内容は以下の通りです。

(1)  子供たちへの教育カリキュラムは国が決定すること
(2)  歴史教育は、国史教育に重点をおき、大英帝国繁栄の歴史を教えること
(3)  英国の発展につくした重要な人物、英雄を教科書で取り上げて教えること

さらに宗教教育にも触れ、キリスト教の教えによる道徳観、倫理観などの徳育(心の教育)にも力を入れるようにしたのです。

サッチャー元首相の教育改革

このようにサッチャー氏は「教育改革」を旗印に自虐的偏向教育の改革と宗教教育によるイギリスの復活を目指しました。

1988年の「教育改革法」では、基礎教育科目を定め、歴史教育では、ナポレオン戦争におけるネルソンが果たした功績や、世界に先駆けて行った奴隷貿易廃止など、「英国史の光」に焦点をあて、自国に誇りが持てるようにしました。

宗教教育ではイスラム教やヒンドゥー教の信仰は自由とした上で、イギリスの宗教的伝統であるキリスト教を「必修科目」としました。

また「教育水準の向上」については、当時、国際教育到達度評価学会(IEA)による国際数学・理科教育調査でトップクラスであった日本をサッチャー首相自身が視察、教育改革の手本としました。

これらの改革で、イギリスの教育は劇的に変わっていったのです。

英国病を克服する

サッチャー氏の教育改変による効果は10年ほど経ってしだいに現れてきました。

まず1980年代にイギリス政府が調べた数字では、各年代別の基本的な知識の習得率は10%以下しかなかったのに対し、1998年の学力調査では46%にまで上げることに成功しました。

それに伴い国民のモラルも非常に良くなり、英国人としての誇りも取り戻すようになったのです。

そして1970年代に年間20万件を超えていた少年犯罪も2002年にはほぼ半減させることに成功したのです。

このように子供たちに英国繁栄の歴史を教え、自国の発展に尽くした英雄たちの伝記を教え、さらに徳育に力を入れていくことによって、イギリス人としての誇りを取り戻し、モラル向上にもつながったのです。

その後、サッチャー首相のあとを継いだブレア首相が、「わが国は英国病を完全に克服した」と、声高らかに宣言したのは21世紀に入ってからです。

一国の人々を抹殺するための最後の段階は、その記憶を失わせること

『笑いと忘却の書』の著者であるチェコの作家ミラン・クンデラは、次のような言葉を登場人物に語らせています。

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一国の人々を抹殺するための最後の段階は、その記憶を失わせることである。さらにその歴史を消しさった上で、まったく新しい歴史を偽造・発明して、この国民に押しつければ、間もなくその国民は、国の現状についても、その過去についても一切忘れ始めることになるだろう……

一国を亡ぼすにはこれが一番確実な方法で、別に刃物はいらないのです。

西洋白人たちは、近世アフリカ大陸や南米大陸の原住民を亡ぼすのにこの手を使いました。
そのためアフリカなどは歴史のない暗黒大陸とされ、次々と滅ぼされていったのです。

この英国のように民族の歩んできた歴史を否定し、その上に新しい自虐史を造りだせば、放っておいても内側から崩れていくのです。

そしてこれらの児童教育は、すぐに効果は表れませんが、一代・二代と世代を重ねるごとにボディーブローのように効いてくるのです。

GHQの洗脳および教育システムから抜け出せ!

戦後、日本は連合国に対して無条件降伏したわけではなく、ポツダム宣言を受諾しただけでした。

ポツダム宣言には「言論の自由」「信仰の自由」「独自政府の樹立の権利」が与えられました。

しかし、連合国は日本軍の武装解除とともに、無条件降伏も強制したのです。
その結果が、GHQ製の日本国憲法であり、教育基本法となったのです。

GHQは日本支配を完成するために国民への洗脳および教育システムを以下のように改悪しました。

▼教育の責任を不明確にする
▼教員に教育を委ねられるようにする
▼親の教育権を不明確にする
▼国が自国の教育に口出しできないようにする
▼愛国心なき自虐史観を定着する
▼宗教道徳教育を否定する

教育基本法の中身は英国病をそれを作った労働党と同じです。

GHQが去ったあとも、彼らの置き土産である左翼革命を目的とする日教組に、日本の教育現場が牛耳られてきました。

この日本の状況は、自虐史観で苦しんでいた英国、教育界の荒廃に苦しんでいた米国とそっくりなのです。
(米国に関しては別の機会で書きたいと思います)

しかし、英国はサッチャー首相により教育改革が断行され、英国は蘇りました。

また米国は強いアメリカを目指したレーガン改革により蘇ったのです。

次は私たちの番なのです。

まとめ

繰り返しますが日本では、GHQが「日本弱体化政策」の重要な柱として、日本を侵略国家として子供たちに洗脳する「自虐史観教育」を学校教育に導入し、日教組が中心的役割を担いました。

昭和57年(1982年)には、誤報であったにもかかわらず、教科書検定において「『侵略』を『進出』と書き直した」という大手新聞の報道をきっかけに、中国や韓国が日本の教育に対して激しい内政干渉を行ってきました。

中韓の干渉に屈した時の自民党の鈴木善幸内閣が教科書検定基準に「近隣諸国条項」を設けました。

そして、これ以降、中韓を刺激にないよう配慮せざるを得なくなり、「南京虐殺」「従軍慰安婦」など、教科書に記述しなければ、教科書検定を通ることができなったのです。

「反日」を国策とする中国や韓国の歴史観に基づいて、日本の子供の教育が行われているのが日本の教育の現状です。

「日本は他国侵略した悪い国」と教えられていては、日本の子供たちが自国の歴史に誇りを持てるわけがありません。

もちろん私は戦前の日本について、全面的に擁護するつもりはありません。

だからといって自虐史は児童教育によくないのです。
国家の教育ついて論じれば、教育とは、その国を支える立派な国民を育むことが目的です。

そのためには、自国民が誇りを持てるよう、自国の歴史の光の部分を教える必要があるのではないでしょうか?

自国への誇りが立派な国民を育て国の活力になっていくのです。

今こそ、日本はサッチャー氏の教育改革に学び、日本の教科書を歪めている「近隣諸国条項」を廃止し、中韓の内政干渉に左右されない、誇りある日本の歴史を取り戻すべきです。

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